津金鏝絵


山梨県北杜市の須玉川沿いの台地にかって 古宮城 がありました。
室町後期、常陸の佐竹氏が武田信昌を慕って甲斐へ入り、 津金卿 を 与えられ、姓を 津金 に改めました。
この 古宮城 を拠点として、八ヶ岳東南麓地方の武士団は 津金衆 と 呼ばれ、津金氏はその中心でした。

現在もこの津金の地は、伝統的な集落のたたずまいを色濃く残して、 どこか心なごむ風景の地です。
また、縄文期の 「 桑原遺跡 」 、 明治期の 「 津金学校 」 、そして、市井の小芸術 「 津金鏝絵 」 など 数々の見どころがあります。


◎ 津金の鏝絵 ◎

津金地区 には、多くの 鏝絵 が残されています。
その多くが漆喰塗りの蔵の両妻の部分に施されています。 また蔵の入口 やその周囲にも描かれていることがあります。
鏝絵 は、広義には ” 絵 ” だけではなく 招福・厄除けの “ 文字 ” ( 龍・竜・水・金など ) 、各家の ” 家紋 ” など。 鏝で描かれた 様々なものを 鏝絵 といいます。

鏝絵の歴史は古く、紀元前2世紀頃からあったと云われており、高松古墳、 法隆寺壁画にも描かれています。
戦国時代には、築城の時 草庵茶室などに鏝絵が飾られ、その後 武家社会 になると家の中にも描かれるようになりました。
江戸中期頃からは さらに盛んになり、左官の 入江長八 が 「鏝絵」  として芸術の域にまで昇華しました。
現在、津金の鏝絵 の多くは、鏝絵師 三井貴男 の作品といわれています。

右写真 : 御所地区に残る 「 波に鶴 」 、 「 波に千鳥 」 などの鏝絵です。


◎ 鏝絵散策の心得 ◎

津金は伝統的な集落の姿を残しています。
鏝絵は、集落や民家のたたずまいに際立ったアクセントなっていますので、 つい近づいて眺めたくなりますが、 「 鏝絵散策 」 は 道から眺めることを 原則としていますのでご注意下さい。

右写真 : 蔵に施された素晴らしい 鏝絵 です。


私の 「 津金学校 」 のページです。 どうぞご覧くだい。


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