仮名草子
仮名草子とは、近世初頭から西鶴の『好色一代男』が登場するまでの一時期に生まれ、行われた散文類の総称である。仮名草子という言葉は、通俗的な易しい読み物という程度の意味で用いられている。
仮名草子の中は、さらに細かく分類することができ、それを以下にまとめる。
・笑話集……『醒睡笑』(安楽庵策伝)
・擬古物……『仁勢物語』(不明)
・恋愛物……『恨之介』(不明) 『薄雪物語』(不明)
・遍歴物……『竹斎』(富山道治)
・怪奇物……『伽婢子』(浅井了意)
・教訓物……『可笑記』(如儡子)
浮世草子
西鶴の『好色一代男』は、近世小説史にとって画期的なものであった。知識階級による啓蒙的色彩の濃い仮名草子に対して、現世を享楽的に生きようとする精神を作品世界として描いた姿勢は大変衝撃的であった。以後、宝暦・明和(一七五一〜七二)頃までの約八十年間の小説類を浮世草子と分類する。
西鶴の浮世草子を、細かく分類すると以下のようになる。
・好色物……『好色一代男』『好色五人女』『諸艶大鑑』『男色大鑑』など
・町人物……『日本永代蔵』『世間胸算用』など
・武家物……『武道伝来記』『武家義理物語』など
・雑話物……『西鶴諸国はなし』『懐硯』など
読本
★前期読本
宝暦(一七五一〜六四)ごろから中国の白話小説(俗語体小説)を翻案した小説が出現する。これが、前期読本である。その嚆矢とされるのは都賀庭鐘の『英草紙』である。しかしながら、前期読本の中でも、もっとも傑作であるのは、上田秋成の『雨月物語』であろう。
★後期読本
文運東漸(注1)ののち、勧善懲悪・因果応報の教化思想を盛り込み、中国長編小説の色濃い影響を受けて長編化したのが後期読本である。洒落本の禁止の影響もあって、盛んに行われた。
(代表作) ・山東京伝……『桜姫全伝曙草紙』『昔語稲妻表紙』
・曲亭馬琴……『南総里見八犬伝』
(注1)文運東漸……宝暦・明和・安永前後に創作・出版の中心が上方から
江戸へと移行した。これを境に談義本・黄表紙・洒
落本・滑稽本・人情本・合巻、また後期読本などの
新しいジャンルが登場した。
談義本(初期滑稽本)
俗間教導の苦楽を滑稽の甘皮に包んで世相風俗万般を描写したもの。江戸戯作の先頭を切ったものといえる。
(代表作) ・静観房好阿……『当世下手談義』─談義本としての流行
を形成した。
・風来山人……『根南志具佐』
黄表紙
絵と、その余白に文を書き込む文学を草双紙と称する。この形式は、江戸でのみ出版された。その中で、子ども用の赤本・黒本・青本などの草双紙を戯作の場に持ち込んだ絵本文芸が黄表紙である。鋭い現実観察・批評、いわゆる「うがち」を、洒脱な感性で表現し、さらにそれを「むだ」と見なそうとする自嘲的な態度をとること、そのようなことをすべて可能にする知性が、大きく花開いたものが黄表紙である。
(代表作) ・恋川春町……『金々先生栄花夢』─ 黄表紙の第一作
目。
・朋誠堂喜三二……『親敵討腹鼓』
・山東京伝……『江戸生艶気樺焼』
洒落本
洒落本は、遊里における客や遊女のありさまを、登場人物の会話と、小書き衣装付けと称されるト書きに相当する部分によって写実する小説である。この会話体は、そののち滑稽本、さらに人情本を経て、近代小説へと受け継がれ、小説史に強い描写力を付与していくことになる。
また洒落本を支えた精神は、江戸を代表する美意識「通」(処世上の一態度で、生活理念の一つ)によるうがつである。
(代表作) ・田舎老人多田爺……『遊子方言』─ 洒落本が江戸に定
着し、定型が成立したもの。
・山東京伝……『通言総籬』─ 洗練された感覚と詳細な事
実描写によって遊郭という世界が持つ特
性を浮き彫りにした作品。
滑稽本
寛政の改革以後、洒落本・黄表紙などのジャンルが衰退し、戯作の大衆化路線が促進された。洒落本にあった「通」「うがち」の精神を切り捨て、その滑稽味を増加・俗化させ、舞台を遊里から庶民生活の場へと移したものが滑稽本である。したがって、滑稽本の笑いには知的な要素が極めて少ない。
(代表作) ・十返舎一九……『東海道中膝栗毛』─滑稽本の成立作
品。
・式亭三馬……『浮世風呂』『浮世床』
人情本
女性の嗜好に見合う芝居や恋愛の世界を描く手段として文を用いたのが人情本である。それに対して合巻は絵を用いた。一般的に滑稽本はどちらかというと男性向けであったが、人情本や合巻は女性読者を想定して書かれたものである。
(代表作) ・十返舎一九……『清談峰初花』
・滝亭鯉丈……『明烏後正夢』
・為永春水……『春色梅児誉美』
合巻
合巻は絵を主たる手段とし、女性読者層を狙って芝居や恋愛の世界を積極的に描くに至った。
(代表作) ・柳亭種彦……『偐紫田舎源氏』